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北海道マラソン激走記(超長文です) 

2008.09.01 (Mon)

北海道マラソンの余韻が覚め止まぬうちに書き留めました。
走り書きなので乱文、誤字脱字多発していると思いますが、
また少しづつ画像なんかも追加して読みやすくしていきたいと思います。
とりあえず今書けることを書いてみました。長文で読みにくい
ですが、時間のあるときにお読み下さいね。ちなみに原稿用紙に
して約6枚分です。


1 北海道マラソンに出たい。
2007年7月からジョグを始めた私。運動経験は全くなく、ただ毎日適当に走っているだけでした。そんな私の初レースが2007年9月9日。タケダファミリーマラソン10kmの部。このレースは毎年北海道マラソンの前座レースとなっており、ほのぼのとした大会。私はそのレースを1時間11分で何とか完走し、その後スタジアムで北海道マラソンのスタートを見学しました。北海道マラソンの出場資格はフルで4時間以内、ハーフであれば男子1時間50分以内、女子2時間以内のレース記録を持つ必要があります。そして、スタート後は5kmごとに関門があり、それを28分以内でくぐり抜けていかないと関門閉鎖になってしまうというハードルの高い大会なのです。
ハーフの距離は約21.1km。その日の10kmレース結果である1時間11分を基準に考えると、その時の走力は単純計算しても2時間22分をはるかに超えるタイムです。初心者では到底手の届かない基準。私にとっては夢のレース。でも、いつかは出てみたいなーと思っていました。選手達は均整のとれたランナー体型の人ばかりで、みんなとても速そう。自分とは何かが違って見えました。「これがエリートランナーって言うんだな~」って尊敬のまなざしを送りつつ、スタートを待ちます。シーンと静まりかえったスタジアム、パーンという銃声と共に走り出すランナー達。この風景を見たときに何故か鳥肌が立ちました。ランナー一人一人がとても輝いて見えました。「自分も出たい。このみんなと一緒に走ってみたい」と、まだハーフマラソンすら走ったことない私が「いつか絶対に出る!」と心に誓った日でもありました。2008年の正月の新聞に北海道マラソンの制限時間を現在の4時間から5時間へと緩和するという記事が載りました。「なーんだ。じゃあ、資格も緩和されるに違いない」と、のんびり構えていたのがどうやら2008年も今まで通りの出場資格というではありませんか!2008年の北海道マラソンに出場するためには5月下旬までに資格が必要です。何とか春のハーフレースで2時間切りたいと思い、冬期間にトレーニングを積んできました。そして、ついに4月に1時間59分という本当にギリギリで資格を得ることができました。これであの夢の舞台へのキップが手に入った。後はどこまで走れるのか?いや、どこまででもいい。スタートを切れたら本望。自分の力を出し切ろうと思いつつ、その日が近づいてきました。

2 レース前日
 2008年8月30(土)レース前日です。
毎年猛暑の中で行われる北海道マラソン。でも、今年の札幌の天候はお盆が終わったら秋を思わせる涼しい日々が続いていました。そして曇り~雨の毎日。前日受け付けだったこの日も曇りの涼しい天気でした。
 受付はゴールの中島公園近くにあるパークホテル。13時くらいにホテルに着くと既にたくさんのランナーが受付をしていました。やっぱり受付をするとテンションも上がります。さすが北海道マラソン。受付も大々的で、自分も一流ランナーの仲間入りをしたかのような錯覚すら覚えます。アシックスのブースで記念Tシャツを買い、ゴールゲートの見学へ。中島公園の中を歩きます。木々に囲まれてノンビリした雰囲気。でも、明日はここは熱気につつまれるのでしょう。私は明日はこの道は通れない。通れない??通れるかも??ゴールゲートは残念ながら設置前でしたが、ちゃんとしたゴールゲートの下を明日走ってみたいな、と思いました。あわよくば完走できるかも?ちょっと頑張ってみようかな?これまではスタートに立てればいいと思いましたが、前日にして初めて完走を意識しました。
 その日の夜は実家泊。夜もリラックスしていて11時には就寝していました。

3 当日
朝7時起床。ぐっすり眠れて体調良好。外は曇りで涼しい。この気温だったらいけるかも!と嬉しくなる。8時に朝食。ご飯に玉子そぼろ。ひじきの煮物とサラダ。豆腐とナメコのみそ汁。朝からガッツリ食べました。
 9時30分に家を出る前はペットボトルの水をチビチビ飲んで過ごしていました。
7月のエルフィンハーフマラソンで猛暑の中脱水症状になってしまった私。そんなことにならないように今回はしっかり事前に水分補給をすることにしました。でも、水分をとるとどうしてもトイレが近くなる。今回は5km28分以内を刻まなくてはならないので、1秒を争う私にトイレに行く時間なんて全くありません。雑誌か何かにレース1時間前までに水分をとっておくと、余計な水分はレース前までに出してしまえる。と書いてありました。逆にいうと、レース1時間以降に水分を取りすぎるとレース中にトイレが近くなるということでしょうか?トイレ問題がいつも私を悩ませるので、今回はレース1時間前にガンガン水分をとって、その後はスタート前のエネルギーゼリーだけにしておくという作戦に出ました。
行きの地下鉄の中は8割が出場者ではないかと思われる面々でした。独特な雰囲気の中、真駒内駅に到着。レース2時間前の10時10分頃に会場入りしました。家を出る時には曇りだったのに、会場についたらお天気で気温も高くなっていました。恐るべし道マラマジックです。
丁度タケダファミリーマラソンが終わった頃で、女子更衣室の中はごった返しており、湿度もかなり高いため、着替えたら早々に外に出て、最後の補食をしていました。
食べた物はミニあんパン2個、カステラ。スタート1時間前にはバナナと、VAAMを飲みました。荷物もすぐに預け、あとはスタートを待つばかり。
 陸連登録者はスタジアムスタートですが、一般の部はスタジアムから1km離れたところからスタートです。11時30分頃にはスタート地点に移動し始めました。
それまで飲んだ余分な水分のせいでトイレが近くなっており、何度かトイレに入りました。
スタート30分前にスタート位置をキープ。
一応ゼッケン順に並ぶのですが、1000番ごとの色別ゼッケンでの並び順なので、同じ色のゼッケンであれば少しでも前に行ってスタートロスをなくしたいところです。ちなみに私のゼッケンは最後のほうです。あまり早く並ぶとトイレにも行けなくなるし、並ぶタイミングが難しかったですが、自分的には30分前に行ってよかったです。位置は緑ゼッケンの中盤くらいでした。スタートまで30分もあるので、日陰を選んで待っていました。これが大正解。27度まで上がった気温の中、日差しの中に30分もいるのはそれだけで体力消耗です。
 スタート10分前に少し列が前進し、いよいよスタートを待つばかり。緊張感も高まってきました。スタート2分前くらいから脚を叩く「ピシャ、ピシャ」という音が響きます。
12時10分。スピーカーから号砲が聞こえてスタートです。周りのみんなで拍手をしながら走り出します。

4 スタートから5kmまで
スタートしたからといってすぐには走れません、満員電車の中にいるようです。
スピーカーから「1分が経過しました」とアナウンス。「ええ~~っ!?」という周りの声。それでもまだ走れません。一体スタートロスは何分になるんだろう?と不安になった所にやっとスタートの幕。
丁度2分のスタートロス。距離にして300mくらいでした。
それからは割とスムーズに走れました。さすが北海道マラソンです。みんな速いので遅い人をジグザグで抜かすなんてことはできません。とにかく前の人についていくことだけ考えていました。1kmラップが8分でした。ロスがあるのでそんなものでしょう。
公道まで1.6kmは公園内を走ります。でも、暑さですでに公園内で息が上がってきてしまいました。公道に出てからは声援も多くなって励まされるのですが、ゆるい上り坂と暑さですっかりバテバテになっていました。
今日は12kmで夫が、14kmで妹夫婦と母が、20kmで夫が応援してくれることになっています。でも、最初の12km地点どころか、5kmまで本当に走れるのか不安でいっぱいになっていました。最初の5km関門はスタートロスを考慮してくれていて32分です。でも、ロスが2分なので30分以内に5kmを通過しなければなりません。3km地点近くで折り返してきたトップランナー達とすれ違いました。ものすごいスピード。この暑さで何故にあんなに速く走れるのか?同じ人間とは思えないなーと感心しながらも、私は完全に走る気力を失っていました。緩やかな上りが本当に苦痛でした。4km手前で折り返しです。その時、路肩にゼッケンを外した選手が。脚を痛めたのでしょうか?私ももうリタイヤしたい!もうつらすぎる!でも、途中で待っててくれる人がいるのでそこまでは走らないとっ!
昨日は「ゴールまで行けるかも」と思っていましたが、ここで予定変更。「妹夫婦と母がいる14kmまで行こう。そこで止めて妹宅でシャワーでも借りて中島公園に行こう。12kmにいる夫には『20kmまでは行けないからそのまま中島公園で待ってて』って言おう」って決めました。5km関門。「関門閉鎖まであと2分でーす」という係員の声と共に関門通過。5kmタイムは手元時計で30分9秒でした。ロスを除いて28分で5kmを走ったことになります。このペースを維持できればゴールできるんだな・・・。

5 5km~10km
5km関門を過ぎたところに給水ポイントがあります。
過去の大会体験を見ると5km地点はまだ人がばらけていないので給水所は修羅場と化している。さらに水が足りなくなったこともある・・・なんて聞いていたので最初からあてにはしておらず、自分でボトルを巻いて走っていました。350cc入るボトルいっぱいにスポーツドリンクを薄めて入れていました。水色テーブルには水、白色テーブルにはスポーツドリンクが置いてあります。テーブルは何カ所も連なっているのですが、最初のテーブルの水は瞬く間にコップが無くなっていきます。この暑い中、みんな体に水をかけています。今年は後ろの私まで十分水が行き渡っていました。無事に水を取って首筋にかけます。水が冷たくて生き返りました。地面に捨てた水のお陰で給水所はなんだか涼しく感じました。スポーツドリンクも豊富にあったので、私は思いきって腰に巻いてあるマイボトルのスポーツドリンクを半分捨てました。少しでも身軽にして走りたかったのです。
 体に水をかけて少し気分も良くなり、そして緩い下りが続くのでここは坂に身を預けて「エコな走り」を心がけました。ところが6kmくらいから何となく右肩に違和感が。
以前に水泳をやったときに痛めた部分でそれ以来右肩を回すと軟骨がバリバリ~と言うようになっていました。走るときには全く支障なかったのですが、この日に限ってその違和感が出てきました。思うように腕も振れないので体幹を使ってぐいぐい坂道を下っていきました。
 相変わらず強い日差し。この暑い中沿道の声援だけが頼りでした。マンションの上のほうから「頑張れ~」と小さい子供達も応援してくれます。もう何がなんでも10kmの関門を突破しなくては。途中スポンジポイントでまた体を冷やします。至福の時間です。
 平岸通りはメインストリートということもあってたくさんの人です。この大通りを独占して走れることをとても嬉しく思っていました。
 頭の中では常に関門時間を計算していました。このまま走れば間に合うのか?何分で通過できるのか??やがて10km関門が近づいていました。

6 10km~15km
10km通過時間57分59秒(GTメールより)この5kmは28分以内で走ってこれました。下り坂のお陰もあったのかもしれません。あとは12kmの夫と14kmの家族に会うだけです。あと4km。体は限界。もう止めたい。もう暑い。もうダメ。頭の中はそんなネガティブなことばかり考えていました。
12km手前で太鼓の応援団。この炎天下にありがたいです。この日のために一生懸命練習したのでしょうね。私は片手をあげてそれにこたえます。
地下鉄平岸駅が近づいてきました。ここは夫が応援してるポイント。ちゃんと着いただろうか?場所わかっただろうか?夫は札幌人ではないので、私が事細かく紙に地下鉄の出口番号や乗り換え方法、地下鉄から地下鉄の所要時間等のメモを書いて渡していました。
 程なくして夫発見!!「いた~~~っ!ちゃんと来てくれた~~ありがとう~~」と思いながら出た言葉は「もう、つら~~~い~~~~!!」だけでした。本当にその時つらかった。もう止めたかった。夫の応援を受けて次に向かうは14km地点。やっとここで止められる。早くたどり着きたい!!とピッチを早めたときに気がつきました。
「あ、夫に『20kmに行かなくていいよ』って言ってなかった~~~」ま、どっちにしろ20kmまでは行けないし、しょうがないや。と14kmを目指しました。
脚は行けそうだけど、体力が限界。暑さで消耗しまくりです。その時沿道から「もっと力抜いて!」とかけ声。前後のランナーの距離からみても私にかけてくれた言葉です。そこで全身に力が入って走っていた自分に気がつき、ふっと力を抜くと右肩が楽になりました。これで腕振りが自由にできるようになりました。12kmから14kmのたった2kmがとても遠く感じました。
 14km地点。やっと妹夫婦発見!ゼリーと水を差しだしてくれましたが、十分給水しているので受け取り拒否。そのまま笑顔で手を振って分かれました。
あれ?ここで止めるんじゃなかったの??どうしよう?止める?どうする?自問自答しているときに左折。目の前に一条大橋。ここが15km関門です。どうせ15km関門でひっかかるんだから・・・と久々に時計を見たら、「行ける!15km行ける」と、とりあえず15km関門まで行くことに。関門閉鎖1分前に通過。この5kmは29分で走ってきました。関門を通過したとはいえ確実にペースは落ちています。

7 15km~20km
15kmから明らかにペースが悪くなっていました。キロ6分前後のノロノロペースです。後ろを振り返ると人はまばらで、少し後ろに最終車も見えます。「もう、だめかな」と思った時に後ろの最終車から「○○番、ゼッケン外して沿道に上がって下さい。お疲れ様でした」という声が聞こえるじゃありませんか。
「やばい捕まる!」16km地点でした。こんなに止めたいと思っているのにどうしても捕まるのがいやでした。20kmで夫が待っている!少しペースを上げて車から遠ざかります。でも、体力は既に限界。意識も朦朧としてきたときに隣のランナーから「おんちゃん!」と声をかけられました。こまっちさんでした。こまっちさんもつらそう。スタート前から知り合いに会えなかったので、ここで会えたことはとても嬉しかったです。でも、「ああ・・・こまっちさん・・・」としか返せず、とりあえず先に行かせてもらいました。何が何でも20kmに行くんだ!後ろ向きの気分が初めて前向きになった瞬間でした。
もし20km行けても、体力的にも時間的にも25km関門では確実にアウト。だったら、あと数㎞全力で走ろう、悔いのないように走ろうと思いました。
でも、1km、1kmが長すぎる。いつまでたっても15km標識が見えない。関門閉鎖までどのペースで走れば間に合うんだろう?関門閉鎖は1時間56分だということは分かっていましたが、今の時間からそれに間に合うには後何分あってどのペースで走ればいいのかという簡単な計算ができなくなっていました。 遙か遠くに20km関門の目印が見えたときに後ろからこまっちさんが私を抜く時に「あと2分!」と声をかけてくれました。あと2分??私の意識朦朧計算だとあと2分もないんだけどな~2分あったら間に合うかな?とちょっと安心しかけた時に関門50m手前で「閉鎖10秒前でーす」という声が。万事急須!一斉に周りのランナーと短距離走状態です。そして20km関門目の前で係員が目の前に立ちはだかり、「はい、歩道に上がってね~~」と。でも、意地でもマットを踏みたかった。(関門閉鎖10秒後に踏みましたが、ちゃんとGTメールで結果来ました)20km関門通過1時間56秒10秒。関門まであと10秒足りませんでした。
この5kmは30分もかかっていました。
こうして私の北海道マラソンは20km地点で終わりました。

8  走り終わってから
20km走り終わって、関門に引っかかっても何故か気分は晴々していました。ここまで一生懸命走ってこれた自分に満足していました。20km関門の100m先に待っててくれた夫と無事に再会。リタイヤ者が乗ることができる「豪華収容バス」に乗ろうと思いましたが、バスが来る気配がないので、そのまま夫と目の前の北24条駅から地下鉄に乗って中島公園に帰ってきました。
 丁度男子の2位がゴールする頃でした。必死の形相で入ってくるランナー達。この過酷な条件で42.195kmを走ってきたことに本当にすごいと思っていました。
私は早々と荷物を受け取り、更衣室へ。収容バスもまだ来ていないらしく、もちろん女子ランナーもゴール前だったので、更衣室は貸し切り状態。一つしかなかったシャワー室も使いたい放題でした。全ての身支度を調え中島公園駅に行くと、一般ランナーも次々とゴールしていました。フラフラのランナーもいれば、ホッと笑顔のランナー、いろいろなランナーがいましたが、一人一人のドラマがあった42.195kmだったことでしょう。本当にみなさん良く頑張ったと拍手したいです。そして沿道で声援して下さった方々、ボランティアの方々、運営スタッフの方々、全ての人に感謝したいと思います。

9 夢の舞台を終えて。
 1年がかりで夢見てきた北海道マラソン。結果は20kmまででしたが、その20kmは自分の力を全て出し切っての走りの結果なので満足しています。当然暑さも理由だったのですが、暑いのはみんな一緒。暑くても完走出来る人は完走できるのです。私は単純に北海道マラソンを完走できる走力がなかったと思います。本当にレベルの高いレースだったと思います。もう一つ欠けていたのは「絶対に完走するんだ」という気力がなかったこと。この2つだと思います。
 北海道マラソンは来年から規制を緩和して多くのランナーが参加できるように協議が進められているそうです。たくさんのランナーがあの大声援の中を走れるのはとても良いことだとだと思うのですが、一方でこのようなサバイバルレースを体験できる唯一のこれまでの北海道マラソンを無くしては残念だと思います。
 北海道マラソンに出るランナーはみんなこの大会に照準を合わせてトレーニングを積んでいます。「ランナーの甲子園」なのです。
 来年北海道マラソンに出るかどうかは今のところまだ分かりません。でも、いつの日か必ず北海道マラソンでサブ4での完走を成し遂げたいと思います。
 今回は完走できなかったけど、夢は簡単に達成されないものです。その達成の日を楽しみに今後も楽しみながらRUNNING生活をしていこうと思います。
 長々と読んで頂いてありがとうございました。
 
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コメント

■頑張りましたね

おんちゃん様初めましてメール致します。
昨日のマラソン12時からずーとテレビ見ておりました。
この5000人の中におんちゃんもはしっているんだな~暑いのにたいへんだ!!!
私も今年の5月から走り始めています・・・
おんちゃんのブログ見つけてからず~と拝読さしてもらっています。
大変な努力家ですね、自分に厳しい性格が至る所で滲み出ています。そのような型が20km関門でつかまる非常にきつい北海道マラソンですね。
ゆっくり身体ねぎらって休んでください。
willow-6 |  2008.09.01(月) 21:32 | URL |  【編集】

■お疲れ様

あの暑い中本当にがんばりましたね
結果はリタイヤでも精一杯頑張った結果なら
きっと満足感もあるでしょう!
来年もまた挑戦しましょうね!
しゅう☆ |  2008.09.01(月) 22:27 | URL |  【編集】

■頑張りましたね♪

その強い気持ちがあれば近い将来必ず
中島公園に辿り着けること間違いなし!
まずは体を休めてまた頑張りましょう!
おまちゃ |  2008.09.02(火) 00:22 | URL |  【編集】

■初出場お疲れ様でした

ジョグから来ました、kentと申します。北海道のランナーというコミュニティにおんちゃんのコメントを見てカキコさせて頂きます。「個人的にはやっぱりこのサバイバルレースを残して欲しいと思っています。関門との戦い、終末車との戦いはこの大会じゃないと経験できませんからね」私も共感でした。今年時間制限も緩和されるかもと正月に新聞記事がありました。サバイバルレースで完走したいと気持ちがあったので結局制限4時間継続で正直言って良かったのです。「ランナーの甲子園」か・・懐かしい(笑)実を言うと初出場と決めた2年前、私が同じく言ったら名言になった経過があります。来年も4時間制限のままおんちゃんにリベンジ出来たら大変な程喜びを味わって欲しいですね。目標サブ4ですが、その気持ちを忘れず頑張ってください。応援しますよ。最後にやはり制限4時間の道マラはいいですよ(笑)
kent |  2008.09.02(火) 00:30 | URL |  【編集】

■お疲れ様です

はじめてお邪魔します、走歴半年、初心者のhobobrazilと申します。
いつも楽しく拝見しております。
念願の「道マラ」初参戦お疲れ様でした。
この日を目指してトレーニングに励んで来られた姿は
ホント初心者のワタクシには勉強になりました!
当方も来月に地元弘前開催の「アップルマラソン」で
フルマラソン初挑戦です!
おんちゃんさんに負けじとあと一か月ガンバリマス。
ps、来年はワタクシも「道マラ」挑戦してみたくなりました。
hobobrazil |  2008.09.02(火) 00:53 | URL |  【編集】

■お疲れ様でした

初めまして。
北海道マラソンにエントリーを決めてから、
ずっと見させていただいておりました。
そして、タイム的には完走は難しいと思いながらも
頑張るおんちゃんさんの姿に自分も頑張ろうと
元気をもらっていました。
私も5月の時点でハーフ1時間50分をギリギリ切り、
フルでは4時間半ととても北海道マラソンを完走できる
状態ではありませんでしたが、私の恩師からずっと
言われ続けてきた、「結果をはなから決めて
挑戦しないのは若者のすることじゃない」という
言葉を思い出し挑戦することにしました。
結果、私は完走することができましたが、
完走した人もそうでない人もこの日に向けて
一所懸命努力してきた事実は同じです。
絶対に無駄にはなりません。
来年は完走して夢の舞台で夢を叶えてください。
道マラは終わりましたが、まだまだレースは
あります。今後ともよろしくお願いします。
ならやん |  2008.09.02(火) 01:20 | URL |  【編集】

■来年こそは!

お疲れ様でした。
実は20キロ関門突破したのが1秒前の1時間55分59秒。
関門に間に合わせる為に足使ったしまったのでその後3キロ走るのが限界でした。

道マラは思っていた以上に大変な大会でしたね。
来年こそは一緒にビクトリーロード走りましょうね。


こまっち |  2008.09.02(火) 02:57 | URL |  【編集】

■お疲れ様でした。

一気読みしてしまいました。
私も北海道マラソンは市民ランナーの甲子園であってほしいです。努力した人だけがかなえられる大会であって欲しいです。
早い人もそうでない人も「それぞれの目標に向かって努力する」ランナーの姿が好きです。
おんちゃんはいつか道マラでサブ4達成できますよ。
わたしも頑張ります。
いなこ |  2008.09.02(火) 15:31 | URL |  【編集】

willow-6 さん
初めまして!いえいえ、全然努力家じゃないですよ!
ブログ上では真面目に見えるけど、本当はずぼらで
無計画な性格なんです。willow-6 さんも走り始めたんですね。これからもっともっと楽しくなりますよ~

しゅう☆ さん
しゅう☆さんもいろいろなドラマを作ったみたいですね。
悔しさをバネにしてこれからもトレーニング頑張りましょう。努力はいつか報われるはず!

おまちゃさん
みなさんのメダル姿を見るとやっぱり羨ましいですね。私もいつかメダルGETします。

kentさん
「ランナーの甲子園」の名言の親でしたか!
それはびっくりです~。
サバイバルレースがなくなるのはとても残念です。
でも、時間制限がなくなってもやっぱり記録にこだわっていきたいです。

hobobrazilさん
来月のマラソン頑張って下さいね~
機会があれば是非北海道マラソンを走ってみて下さい。北海道観光のついでにどうぞ!!


ならやんさん
完走おめでとうございます!!
ならやんさんもこの日のためにいろいろ努力を
されてきたのでしょうね。私も努力した結果の更なる感動を味わうためにももっと頑張ります。

こまっちさん
本当につらかったね~
でも、良い経験になったと思います。
この経験を元にまた一緒に頑張りましょう。

いなこさん
サバイバルレースだからこそ、あっと驚くドラマが生まれるんですよね。これが緩和されるのは本当に残念です。でも、北海道マラソンでサブ4の夢は必ず叶えます。
おんちゃん |  2008.09.02(火) 19:20 | URL |  【編集】

■お疲れさんでした!!

 いやぁ、よくこんな長い文章書けるものだなぁ・・・。じゃない、よくこんなに冷静でいられましたねぇ。感嘆してしまいます。

 俺なんざぁ26キロ地点でガクッと力が抜けてしまい、そのあと33.7キロ地点で止められるまでの間の記憶が曖昧です。

 ということで次回は362日後です。また、がんばりましょう!
CZ |  2008.09.02(火) 19:32 | URL |  【編集】

改めて読ましてもらったよ!!一緒にあの場を走ったから、おんちゃんの書いたこととっても良く分かるし、最後まで頑張ったおんちゃんに感動したよ~~!!!!

今年の夢の舞台は終わっちゃったけど、あそこを走れた感動で、また少し強ーくなったよね。
来年も頑張るぞー☆
あさ-co |  2008.09.02(火) 22:25 | URL |  【編集】

■来年こそは

おんちゃん、おつかれさま。
道中は、弱気な自分との闘いとなってしまったようですが、最後まで走りきったことは今後につながると思います。

私の持論としては、参加資格をクリアしている限り、完走できる力は持っているはずです。
ただ、ギリギリのタイムの方は、その力を100%発揮しなければ完走できないという、厳しい状況にあると思います。
制限時間と暑さ、この2つを克服するのは、生易しいことではありませんね。

そのためのひとつは、最後までゴールへの熱い思いを持つことだと思っています。
走力は、これから1年のトレーニングでアップさせることができるでしょう。
でもそれだけじゃなかなか完走できないのが、道マラの難しさでもあり、魅力でもあります。
そこで活きてくるのがメンタルパワーです。
今年のレースを経験して、ゴールへの思いはよりいっそう強くなったと思います。
来年こそ、完走メダルをぶら下げて、ゴールで会いましょう。
Ogaman |  2008.09.06(土) 10:37 | URL |  【編集】

初めまして!
mixiのコミュでブログのご紹介がありましたので読ませていただきました。
ランニングを始めてから1年での道マラ挑戦は凄いですね!それに千歳ではあの悪条件の中で初フル完走されてますし。
20kの関門で10秒差は悔しかったと思います。
でもこんなに応援されて走る大会はそうありませんので、ぜひ来年もヴィクトリーロードを目指しましょうね!(^^)

まさお |  2008.09.14(日) 10:09 | URL |  【編集】

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